共感性羞恥とは。意味や原因、克服方法を紹介。ドラマを見ると恥ずかしくなる人はこれかも。

共感性羞恥 ライフスタイル
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私は昔からバラエティ番組のドッキリ企画や、ドラマの主人公の失敗シーンなどを見るのが苦手でした。

何が面白いのかわからないし、もやもやする…とずっと心のうちで思っていたのですが、実はこの現象には「共感性羞恥」という名前がついていて、想像よりも私と同じ感情を持っている人が多いことを知りました。

名前がついている、同士がいるというだけで安心してしまうのはなんででしょうね。

そこで、今回は「共感性羞恥」について原因や対処法、確認方法などを説明していきます。

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【意味・特徴】共感性羞恥(共感性羞恥心/羞恥症)とは

共感性羞恥は、その特徴や習性がテレビ番組で取り上げられたことにより、その名が広く知られました。

まずは共感性羞恥とは何かを解説していきましょう。

テレビ・ドラマの恥をかくシーンが見られない…

そもそも恥(羞恥心)とは「見られる」ことにより発生する心理的な不安のこと。

羞恥心にはさまざまな発生状況があり、特に他者に自分の見られたくない姿を見られることによる「公恥状況」と、自分の至らなさを省みることによる「私恥状況」がその典型的な例です。(引用:恥の体験プロセスの類型化と抑うつおよび対人恐怖症の関係についての研究

共感性羞恥心は、こういった恥をかく場面を想像したり自分に置き換えたりして共感することで、自分の身に起こったことではないのに、羞恥心を感じてしまうことを指します。

たとえばバラエティ番組で失敗談を紹介されたり、ドラマの主人公のおっちょこちょいな行動だったり…。

自分にとっては何の害もない話なはずなのに、あたかも同じように恥ずかしい思いをしたように感じて居心地が悪くなってしまう、それが共感性羞恥です。

共感性羞恥は病気?

共感性羞恥は病気ではありません。

単に、そういった状況に共感しやすい人というだけのことなので、無理に直さなくてはと焦る必要はないでしょう。

共感性羞恥は10人に1人ともいわれていますが、ネットの反応はそれ以上に顕著だったり、年を取ったら治ったという意見もあることを見ると、世代によって多少割合に差がありそうです。

【診断】共感性羞恥あるあるで、共感性羞恥がどうかチェックしてみよう

自分のこれって共感性羞恥なのかな?と思った人は、共感性羞恥を感じやすい具体的なシーンに当てはまるかチェックしてみましょう。

  • □テレビのドッキリは見ないようにしている
  • □お笑い芸人が滑っていると何とも言えない気持ちになり見ていられない
  • □ドラマの失敗シーンから目を背ける
  • □混雑した駅で転んでいる人を見掛けたら逃げ出したくなる
  • □プロ以外の人がカラオケやテレビで歌っているのを見ているのが苦手
  • □他者のプレゼンや発表会を見ているとそわそわしてしまう
  • □SNSで間違ったことを偉そうに発言している人がいるといたたまれなくなる

同じ共感性羞恥でも、このシーンは大丈夫、特にこれが苦手と把握することで事前に避けることもできるため、より詳しく具体例を見ていきましょう。

バラエティ・お笑い・アニメ

いじられているタレントや、失敗シーンの数々。バラエティ番組は基本的に共感性羞恥の宝庫です。

これが原因で私は数年テレビを見ていません。

失敗シーンはだいたい先が読めて、くるぞくるぞと心構えをしているのに耐えられないことがほとんど。

特にモニタリングやスカッとジャパンなどの、困ったり失敗したりするシーンを売りにしている番組は、共感性羞恥を感じやすい人にとって苦手なバラエティの例によく挙げられています。

他にアニメでも、日常的なシーンを描くことの多いちびまる子ちゃんや、当てずっぽうな迷推理を繰り広げることの多い名探偵コナンなどは、人気な一方で苦手を感じている人も多いようです。

ドラマ・映画

ドラマや映画には、登場人物が困難な目に合うシーンが必ずあります。

それがないと話が盛り上がらないので当然と言えば当然ですが、そういったシーンは共感性羞恥を感じやすい人にとって鬼門でしかありません。

告白シーンや、秘密がバレるシーン、上司に叱責を受けるシーンなど、人によって苦手なシーンはさまざまです(私は全部苦手ですが)。

他にも、演技に慣れていないタレントやアイドルがドラマに出演していると、なぜか見ている自分が恥ずかしくなってしまうというパターンも。

カラオケ・歌番組

カラオケや歌番組で人が歌っているのを見るのが苦手という人もいます。

別に下手な歌を聴くことが嫌というよりは、失敗しないかハラハラする、白けている人や空気を見て恥ずかしくなるといったところから、自分のことのように羞恥心が沸き上がってしまうのです。

発表会・プレゼン

発表会やプレゼンなどの何かを発表する場で共感性羞恥を感じる人もいます。

アクシデントが発生してしまったり、うまく実力を発揮できなかったり、発表するということには失敗がつきものなので、仕方ないのかもしれません。

SNS

SNSなど自分の意見を発信できる場が増えてきましたが、そこでも共感性羞恥を感じる場面は多いです。

フォロワー数の多さで無意味に偉そうな態度を取っていたり、馴れ合いのように大して意味もない投稿にいいねを付けていたり、間違った発言を声高に主張していたり、さまざまなケースがあります。

特にSNSでは相手の年齢が見えないことも多いため、恥ずかしい言動が若気の至りなのかどうか判断がつきにくい、ということも羞恥心を感じやすい一因でしょう。

【原因・対処法】共感性羞恥の原因と克服方法

前述した通り、共感性羞恥は病気でも何でもありません。

なので苦手であれば見なければいいのですが、みんながテレビを見て笑っているのに、自分だけ白けた顔やいたたまれない顔をしているわけにもいきませんよね。

共感性羞恥を感じてしまう原因と、克服する方法を紹介していきましょう。

共感性羞恥の原因

共感性羞恥の原因として考えられるのは以下の通り。

  • もともと恥ずかしがりや
  • 感受性が強く、共感しやすい
  • 過去に恥をかいた経験が色濃く残っている

もともと恥をかくのが極端に苦手

恥をかくというのはだれしも避けたいことではありますが、道で転んだ時に全く気にしない人と穴に埋まりたいほど恥じ入る人がいるように、恥ずかしがるポイントや度合いは人それぞれです。

羞恥心は自分のことをみじめに感じてしまったり、他者と比べて劣っていると感じる「自尊心の低減」により最も発生しやすいと、前述の論文で示されています。

恥をかくのが苦手な人はそもそもこの「自尊心の低減」起こりやすい人と考えられるため、その分共感性羞恥も感じやすいといえるでしょう。

感受性が強く、共感しやすい

他者に感情移入しやすい人は、恥ずかしいシーンを自分のことととらえやすく、共感性羞恥を抱きやすいです。

物語に共感してついつい泣いてしまったり、相談に対して自分のことのように考えて答えたり、というと身に覚えがあるのではないでしょうか。

他者に共感出来るというのはとてもいいことですが、こんな弊害もあるんですね。

過去に恥をかいた経験が色濃く残っている

過去に似たようなケースで失敗し、恥ずかしい思いをしたことがあるという人は、具体的にその場面を想起しやすくなるため、共感性羞恥を持ちやすいです。

たとえば遅刻で叱責を受けたのがトラウマで、アニメでキャラクターが遅刻しそうになるシーンが苦手だったり、運動が苦手でからかわれた経験からスポーツの失敗プレーを見ていられなかったりということが当てはまります。

過去にしたことは消せないので、こればかりは自分と他人を切り離して考えるしかありません。

共感性羞恥の克服法

共感性羞恥は生きていく上であってもなくても支障はないものですが、できれば楽しくテレビを見たいという人のために克服法を紹介します。

  • 客観的に自分と他人を分けて考える
  • 自分の失敗を笑い話にする
  • ひたすら見て慣れる

客観的に自分と他人を分けて考える

共感性羞恥は自分と他者を切り離せず、思考の中で結び付けてしまうことに原因があります。

そのため、これは自分の身に起こったことではないと客観性を持つと、羞恥心は軽減されるでしょう。

とはいえ、急に客観視しろと言われても難しいですよね。

そんんなときは心の中で「いやいやいやそこで転ぶ!?」だとか「でました、このパターン」みたいに、合いの手やツッコミを入れながら見ると、第三者の立ち位置が確立されて多少見やすくなります。

自分の失敗を笑い話にする

自分の恥ずかしい体験を過去の話にしてしまうというのも一つの手。

共感性羞恥は自分の体験に紐づいて、感じてしまうことも多いので、自分の経験自体をあまり気にしなければ起こりにくいといえるでしょう。

自分はすごく気にしていたことでも、話してしまえば「そんなことで?」と言われるかもしれません。

また、他の人の失敗談を聞いて、それよりはまだマシかな…と比較してみるのもいいですよ。

ひたすら見て慣れる

共感性羞恥の起こりそうなシーンというのはだいたいがワンパターンで、来そうだな、くるぞ、というのがわかりやすいものです。

そのため何度も似たようなものを見続ければ、慣れてさほど羞恥を感じなくなることはあります。

実際に、前は苦手だったけど今はそれほどという人も。

そこまでして見られるようになる必要があるのかは疑問ですが、慣れてしまえばもう困ることはないでしょう。

【まとめ】共感性羞恥は無理に直す必要はない

共感性羞恥は、恥ずかしい場面を自分の身に置き換えてしまい、気持ちが不安定になりますが病気ではなく誰にでも起こりうることです。

そのため、直さなきゃ、羞恥心を感じないようにしなきゃ、と無理をする必要は全くありません。

自分に楽しめる範囲で、楽しめるものだけを摂取できるよう、環境の方を改善していきたいですね。

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